2005年5月22日 (日)

アイヒマンの真実

 あなたはアドルフ・アイヒマンという男を知っているだろうか。戦後ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に深く関与したとして裁判にかけられ死刑になった男である。戦後にナチスドイツ幹部の中で死刑になった者は多いが、この男がイスラエル当局に裁判にかけられる様子は全世界にメディアを通じてほぼリアルタイムで報じられた。その裁判の中でアイヒマンは「私は何もしていない。指示に従っただけだ。」と終始一貫訴えたが、次々と不利な証言をする証人が出廷し、彼は遂に死刑となってしまった。その生々しい裁判の様子をその時代に生きた人々はよく知っているのではないだろうか。

 アイヒマンは実際には虐殺の現場に立ち会ったことがなく、アウシュビッツに向かう列車に番号を書き込むだけの事務員だったとも言われている。そんな彼が死刑にさせられた理由は何だったのか。その理由をイスラエルの陰謀だとする説が有力である。
ナチスドイツがユダヤ人の虐殺計画を実行段階に移そうとしていた時期は、折しもユダヤ人の間でいわゆるシオニズムの活動が活発化していた時期だった。シオニズムとはユダヤ人を民族発祥の地パレスチナに帰らせようという思想・運動である。この運動を先導したシオニストたちはその時ユダヤ人を疎ましく思っていたナチスドイツと利害が一致し、ドイツ国内からパレスチナにユダヤ人を移住させる計画を共同で練っていたと言われる。実際にその動きの中でアイヒマンはパレスチナに一度招待されて行っているのである。その後ナチスドイツはユダヤ人を虐殺する方向に向かっていったと言われるが、戦後になってシオニストとナチスが協力していたということが明るみに出ればイスラエル側にとって他国に疑惑を与えかねない事実である。それをまずいとでも思ったのであろうか、戦後アルゼンチンにまで逃亡したアイヒマンはイスラエルの諜報機関モサドに捕らえられて連行され、裁判にかけられたのである。

 アイヒマンは次々と自分に不利な証言ばかりを突きつけられる中で一体何を考えていたのだろうか。本当に彼が列車に番号を書くだけの役人で上層部の命令に従っていただけなのだとしたら、口封じのために死刑になったのだとしたら、彼の死は一体何だったのか。しかし彼が何も言わず世を去った今になっては、彼の死の真実を探る手がかりは歴史の闇に葬られてしまったのである。

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