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2006年12月17日 (日)

「ウェブ人間論」書評

 「ウェブ人間論」を読んだ。あちこちで書評がなされているのを見て一昨日に買ってきたのだが、面白い。対談本という平易な形式も手伝って、まもなく読み終えた。
 中身はものすごく濃密で情熱を受けるものがあった。だからこそ、受験間近のこの時に書評を書くのだが、「ウェブ進化論」(生憎未読だが)のウェブ上での反響を一万以上読んだという梅田氏は、ウェブの片隅に存在するこのブログを読んでくれるのだろうか。そりゃもちろん、グーグルの検索エンジンによって容易に探し出せるのだろうが。

 そして書評だが、何から書き出せばいいのかよく分からない。確かに平野氏からは若さを、梅田氏からは長い人生経験がなす寛容でオプティミスティックな感覚が感じられた。話者二人の世代的な背景についてはfinalvent氏の書評(全共闘云々のくだり)が詳しいのでそちらを参照してほしい。
 梅田氏のあとがきによると、ウェブが人間にどう影響を及ぼすのかという「ウェブ・人間論」と、ウェブ世界を形成する人々に焦点を当てた「ウェブ人間・論」との二つ(それぞれ二章以前、三章以後か)に大別できるようである。
 「ウェブ・人間論」についての対話は、ウェブに接して変容する人間の負の面をセンシティブに受け止めようとする平野氏と、ウェブを無限の可能性として捉えるオプティミスト梅田氏との間の断層が印象的であった。山口浩氏やfinalvent氏が評するように、この部分の緊迫感は読者にも伝わってきて、それでも忍耐強く対話する二人の姿勢が素晴らしかった。私としては、平野氏が提起するウェブに変容「させられてしまった」人間に対するミクロな見地というものに同感するところが多く、梅田氏がこの問題提起のシリアスな部分に気づけていないのではないかと思うところがあった。
 全体を読むにつれ、恐らく梅田氏はこの問題提起を受け止めながらあくまでもオプティミズムに徹しているのだなと思いもしたが、「ウェブ人間・論」の対談部における氏の圧倒的な優勢・先見性を見るに、氏はウェブ人間=シリコンバレーの世界の「狂気」に既に魅せられてしまった人なのかもしれない。もちろん氏はこうした部分に自覚的でもある。

 少し話が錯綜してきたので再び整理してみる。敢えて大雑把に解釈するが、「ウェブ・人間論」部は平野氏による「ウェブに呑まれてしまう人間」の問題提起であり、「ウェブ人間・論」部は梅田氏による「ウェブを使役する側の人間」の問題提示である。エンディングが近づくにつれ、梅田氏がウェブを使役すると同時に、使役することに呑まれてしまっている人間であることが見えてくるが、こうした部分にまで平野氏の「ウェブ・人間論」の問題提起は対応しきれていない。

 私の関心は依然として平野氏の提起に向くのだが、氏が提起するミクロな人間像とは如何なるものなのだろうか。梅田氏はウェブが人間の知を増幅するという見地に立っているが、元々身につけている素地によって差は生じないのだろうか。ウェブはリテラシー(≒教養)をつけた人間が使ってこそ増幅可能な装置であって、リテラシーがない人に同様のことができるかは怪しい。それについて、梅田氏は四章で読書を通して構造化された知の体系(=教養)を身につけることが必要と述べている。これはもっともなことであるのだが、その必要性にも拘わらず人を呑み込んでしまうのがウェブであるという平野氏の危機意識は伝わっていないように見える。結局、平野氏の問題提起は煮詰めていくとケータイに依存している若者像に近いものになるだろうか(というか私はケータイを使わないのだが)。私が「ウェブ・人間論」の本書の中での帰結にあたると思ったのは次の部分である。

平野 それが世代的な問題になるのかどうかわからないんですけど、今はネットしかない人も結構いますよね。
梅田 本も読まないでテレビばかり見ているという状態と、ネットを少しやるという人の比較で見るべきではないでしょうか。テレビを見ている時間が少しネットに移ったという感じでどうですか?
「ウェブ人間論」p180
 もちろん梅田氏の解答はもっともであるのだが、ウェブの双方向性の魔力が伝わっていないか。要するに擦れ違い。氏は良くも悪くもウェブを使う「狂気」に呑まれてしまっているのである。読者としては、この対談を踏まえた両者が、「ウェブ・人間論」と「ウェブ人間・論」との止揚に向けて努力していくことを期待したい。無論、我々一人一人が考えていく問題でもあるのだが。

 「ウェブ人間・論」については、梅田氏の提示する「狂気」の世界も一つの可能性だと思うので云々しない。この論題の一つの帰着が今回のWinny金子氏裁判だと思うので、これに対する社会の反応が気になるところである。

 この本は対談という形式で様々な問題提起がちりばめられているが、それを大きな問題だとも受け取れるし、割り切ってしまえば些細なことでもある。だが、この先未来に起こるテクノロジーと人間の変容が気になるのならば、この書を手にすることは少なからず有意義であろうと思う。



ウェブ人間論


ウェブ人間論


著者:梅田 望夫,平野 啓一郎

販売元:新潮社

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