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2006年4月19日 (水)

「ポスト小泉改革」に要求される理念

 数日前、少し遠くにある図書館まで、自転車で一時間程かけて行った。近所にも、住んでいる市の図書館ならあるにはあるのだが、蔵書数が少なすぎて、目当ての本が見つからないということもしばしばだったので、少し遠くまで足を伸ばした次第である。距離は往復で30kmくらいだろうか、日頃ぐうたらな私には良い運動になったと思う。図書館では以前借りていた図書の返却を済ませ、面白い本がないか探していたのだが、ざっと見た感じでは、どうしても読みたいと思う本はなかったので、結局家から持ってきていた自分の本を読んでいた。だが、せっかく遠くの図書館まで来たのである。何か読んでおかないと損した気分になるだろうと思って、今月のオピニオン誌の内容を目次で一通り確認してみた。

 いろいろ目を通してみた中で、一番私の気を惹いたのは、岩波の論壇誌「世界」の格差社会についての特集記事(題名:「小さな政府」論と市場主義の終焉)であった。格差社会問題については、社会的な関心が高まっているが、巨視的に政策としてどうあるべきかを真に論じた論文は少ない。そんな中、この論文は、日本が陥っているのと同様の状況を、英国や米国の歴史から引き出し、それを日本の現状と比較して上手く論じられていたと思う。論文の内容は若干うろ覚えではあるが、もう少し詳細に内容を検証していきたい。

 まず、注視すべきは現状分析である。小泉改革是か非かで揺れる世論の中、そうした二分論に囚われていない。そこで英国と米国の事例が引き合いに出されるのだが、サッチャリズムやレーガノミックスといった新自由主義政策は、現在ではもはや支持されていないことを書いている。また、新自由主義の問題を「小さな政府」という要素に置き換え、日本はOECD諸国30カ国内で5番目に「小さな政府」に成功した国であることをデータを用いて証明し、日本も新自由主義から脱却すべきことを主張している。小さな政府かどうかという問題は、それぞれの国が採用している運営システムなどの諸条件によっても左右されてくることだと思うので、データの引用箇所について私は懐疑的だが、国際的な流れから逸脱しているとの指摘は、それなりの妥当性を持っていると思う。

 そして、論中では新自由主義に代わる施政の方針として、英国の「第三の道」路線を批判的に継承した「参加保障型」社会という理念を打ち出している。このビジョンは大雑把に説明すると、一括投下型の現在の福祉に代えて、自立支援型の福祉を推し進め、階層間流動性を高めることに主眼を置いたものだ。一連の新自由主義政策にまつわる問題の解決策としては、リベラルな観点から解決策を探ったものとして、悪くない評価が下せるだろう。

 残念だったのは、その後の具体策の提示が今一つはっきりしなかったことである。というのは、データの引用が多かったのだが、単なる数値の合致する点を見つけることだけに終始していた感が否めず、なぜ合致するのかの論拠が希薄だったからだ。他にも、説明の難しい部分で「国民参加」という左翼論壇の典型的な”逃げ”の手法を用いていたりして、詰めの甘さが感じられた。ただし、「国民参加」の理念を実現しやすくするために、福祉政策を行う行政主体の単位を分散・縮小しようとする提案は興味深かった。

 以上のように、うろ覚えながらも私なりに読んで感じたことを書いてみたのだが、この論文の論旨には私は大まかに賛成である。なぜなら、他の先進諸国は市場主義への傾倒による失敗の経験から、福祉重視でも市場重視でもない「第三の道」を模索しているからである。一方的な市場重視路線から福祉を見直しつつあるイギリス、ドイツ、アメリカなどの国はもちろんだが、福祉大国と言われたスウェーデンでさえも、福祉重視路線から中道的路線に揺り戻しつつある。これら「第三の道」と総称される政策方針の最大の特徴は、「依存型福祉」を「自立型福祉」に切り替えることであり、英国における一連の政策は約7年の歳月を費やして、100万人以上の雇用を生み出している。何度も繰り返すが、このような効果が上げられたのは、単にモノをばらまく福祉行政ではなく、人間の自立を目指した温みのある福祉政策を施した結果である。小泉施政の功罪を問うてみたり、「ニート」というレッテルについて考えたりするのも、それなりに重要なことだと思うが、私たちが向き合っていかなければならないのは、小泉施政の次なる方針を探ることである。英国のような”生きた教訓”を無駄にすることなく、次なる日本の「像」を定めていってほしいと思う。

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