« 「ポスト小泉改革」に要求される理念 | トップページ | 言論のダイナミズム »

2006年4月26日 (水)

「進化論」の是非

 今日書く内容は進化論についての話である。折しもアメリカでは、教育現場で進化論以外にも、創造説を教えるべきだという議論が起こっているようだが、今日話す内容はそれとは全く関係ない。いわゆる「進化論的な」考え方、つまり生物学の範疇に留まらず、あらゆる物事を進化論的に捉える見方が、本当に正しいのかどうか、という話である。

 私たちが何かを考えるとき、そこには知らずの間に進化論的な考え方が浸透している。例えば、コンピュータの性能が上がっていくことや、病気に対する治療法が進歩していくことなどがそうである。私たち一人一人が経験を積んで成長していく過程も、進化論的な捉え方だと言えるかもしれない。このように、私たちを取り巻くあらゆる物事について、進化論的な考え方は当たり前になっている。すると、進化論的考え方の本質とは何だろうか。簡単に説明するならば、進化論とは一種の時系列に対する法則であると言えるだろう。過去よりも未来は良い方向へと進む。この時間の流れに対する法則を、様々な物事に当てはめて考えると、さっきの例のようになってくるわけである。

 こうして考えると、時系列に対する法則として他に何があるのかが気になってくる。身近なものよりも、もっとマクロな視点に移してみよう。例えば、経済はどのような法則が当てはまるだろうか。少なくとも、経済について先程のような進化論的な考え方は当てはまらない。経済は進歩すると言ったところで、何が進歩したと言えるのか。経済においては、世の中に流通する資金の流れが変化することを観測できるのみだ。純粋に経済だけの範疇でその変化の意義を捉えるならば、それはただ変化しただけなのであって、変化自体に良いも悪いも無いのである。経済というのは、それ自体が相対的基準であるから、進化論的考え方は当てはまらない。ところが、経済には景気循環というものが存在する。人の活動が作り出す景気には、ある一定の周期性があるというのである。

 それでは、この周期性という要素を、もっと普遍的な時系列に関する法則として捉えることはできるだろうか。政治に関して言えば、周期性という法則は当てはまらなくもない。政治に関する周期性を指摘したものとしては、有名な古代ギリシアの歴史家であるポリュビオスが唱えた政体循環論がある。ギリシアの都市国家アテネの政体の変遷から、法則性を引き出したものだ。この政体循環論は、あらゆる国家の政体変遷について、必ずしも普遍的な法則たりえるものではないが、大まかには当てはまっている。人は自らの行為を反省し、明日に繋げようとする。それが簡単に善し悪しの判断できる問題ならば、進化論的法則性が当てはまるが、個人の意志が錯綜して出来上がる政治や経済のような複雑な問題になると、問題を改善する方向性が単一ではないために、周期的な法則性になってくるのである。政治における「反動」という言葉は、このことを上手く言い表している。ある問題に対する反動として行われる改善行動には、更に別の反動がつきまとう性質がある。このゆえに、反動に対する反動の連鎖という形で、周期化してくるのである。この周期性のために「歴史は繰り返される」という言葉がささやかれるのも、もっともな話のように思える。

 周期性と進化論という二つの時系列に関する法則を見つけ出したところで、一つ考えてみたいことがある。それは、私たち人類の過去-現在-未来を繋ぐ「歴史」がこの先どうなっていくのか、という漠然とした問題である。無論、このような問題に明解な答えが出るはずもない。だが、核兵器の存在によって、それがいつかは人類を滅ぼすという危惧は消えない。「歴史は繰り返される」というありふれた言葉について考えるとき、次に全面戦争が繰り返されることは許されない事態である。このことは、技術は進化論に従ってひたすら上昇し、一方で政治は一定の宿命の中で流転しているという、二つの事象の性質の異なりから来るものだと思う。このなかで、政治を宿命的なものと位置づけずに確固とした進展を築いていくならば、歴史を二度と繰り返さないという意識は然るべきものである。情報技術が発展し、過去を簡単に顧みられるようになった今だからこそ、私たちは政治的イデオロギーに捉われない、本当に深い意味での「歴史」を学び取っていかなければならない。

|

« 「ポスト小泉改革」に要求される理念 | トップページ | 言論のダイナミズム »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/56846/1587591

この記事へのトラックバック一覧です: 「進化論」の是非:

« 「ポスト小泉改革」に要求される理念 | トップページ | 言論のダイナミズム »