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2006年4月26日 (水)

「進化論」の是非

 今日書く内容は進化論についての話である。折しもアメリカでは、教育現場で進化論以外にも、創造説を教えるべきだという議論が起こっているようだが、今日話す内容はそれとは全く関係ない。いわゆる「進化論的な」考え方、つまり生物学の範疇に留まらず、あらゆる物事を進化論的に捉える見方が、本当に正しいのかどうか、という話である。

 私たちが何かを考えるとき、そこには知らずの間に進化論的な考え方が浸透している。例えば、コンピュータの性能が上がっていくことや、病気に対する治療法が進歩していくことなどがそうである。私たち一人一人が経験を積んで成長していく過程も、進化論的な捉え方だと言えるかもしれない。このように、私たちを取り巻くあらゆる物事について、進化論的な考え方は当たり前になっている。すると、進化論的考え方の本質とは何だろうか。簡単に説明するならば、進化論とは一種の時系列に対する法則であると言えるだろう。過去よりも未来は良い方向へと進む。この時間の流れに対する法則を、様々な物事に当てはめて考えると、さっきの例のようになってくるわけである。

 こうして考えると、時系列に対する法則として他に何があるのかが気になってくる。身近なものよりも、もっとマクロな視点に移してみよう。例えば、経済はどのような法則が当てはまるだろうか。少なくとも、経済について先程のような進化論的な考え方は当てはまらない。経済は進歩すると言ったところで、何が進歩したと言えるのか。経済においては、世の中に流通する資金の流れが変化することを観測できるのみだ。純粋に経済だけの範疇でその変化の意義を捉えるならば、それはただ変化しただけなのであって、変化自体に良いも悪いも無いのである。経済というのは、それ自体が相対的基準であるから、進化論的考え方は当てはまらない。ところが、経済には景気循環というものが存在する。人の活動が作り出す景気には、ある一定の周期性があるというのである。

 それでは、この周期性という要素を、もっと普遍的な時系列に関する法則として捉えることはできるだろうか。政治に関して言えば、周期性という法則は当てはまらなくもない。政治に関する周期性を指摘したものとしては、有名な古代ギリシアの歴史家であるポリュビオスが唱えた政体循環論がある。ギリシアの都市国家アテネの政体の変遷から、法則性を引き出したものだ。この政体循環論は、あらゆる国家の政体変遷について、必ずしも普遍的な法則たりえるものではないが、大まかには当てはまっている。人は自らの行為を反省し、明日に繋げようとする。それが簡単に善し悪しの判断できる問題ならば、進化論的法則性が当てはまるが、個人の意志が錯綜して出来上がる政治や経済のような複雑な問題になると、問題を改善する方向性が単一ではないために、周期的な法則性になってくるのである。政治における「反動」という言葉は、このことを上手く言い表している。ある問題に対する反動として行われる改善行動には、更に別の反動がつきまとう性質がある。このゆえに、反動に対する反動の連鎖という形で、周期化してくるのである。この周期性のために「歴史は繰り返される」という言葉がささやかれるのも、もっともな話のように思える。

 周期性と進化論という二つの時系列に関する法則を見つけ出したところで、一つ考えてみたいことがある。それは、私たち人類の過去-現在-未来を繋ぐ「歴史」がこの先どうなっていくのか、という漠然とした問題である。無論、このような問題に明解な答えが出るはずもない。だが、核兵器の存在によって、それがいつかは人類を滅ぼすという危惧は消えない。「歴史は繰り返される」というありふれた言葉について考えるとき、次に全面戦争が繰り返されることは許されない事態である。このことは、技術は進化論に従ってひたすら上昇し、一方で政治は一定の宿命の中で流転しているという、二つの事象の性質の異なりから来るものだと思う。このなかで、政治を宿命的なものと位置づけずに確固とした進展を築いていくならば、歴史を二度と繰り返さないという意識は然るべきものである。情報技術が発展し、過去を簡単に顧みられるようになった今だからこそ、私たちは政治的イデオロギーに捉われない、本当に深い意味での「歴史」を学び取っていかなければならない。

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2006年4月19日 (水)

「ポスト小泉改革」に要求される理念

 数日前、少し遠くにある図書館まで、自転車で一時間程かけて行った。近所にも、住んでいる市の図書館ならあるにはあるのだが、蔵書数が少なすぎて、目当ての本が見つからないということもしばしばだったので、少し遠くまで足を伸ばした次第である。距離は往復で30kmくらいだろうか、日頃ぐうたらな私には良い運動になったと思う。図書館では以前借りていた図書の返却を済ませ、面白い本がないか探していたのだが、ざっと見た感じでは、どうしても読みたいと思う本はなかったので、結局家から持ってきていた自分の本を読んでいた。だが、せっかく遠くの図書館まで来たのである。何か読んでおかないと損した気分になるだろうと思って、今月のオピニオン誌の内容を目次で一通り確認してみた。

 いろいろ目を通してみた中で、一番私の気を惹いたのは、岩波の論壇誌「世界」の格差社会についての特集記事(題名:「小さな政府」論と市場主義の終焉)であった。格差社会問題については、社会的な関心が高まっているが、巨視的に政策としてどうあるべきかを真に論じた論文は少ない。そんな中、この論文は、日本が陥っているのと同様の状況を、英国や米国の歴史から引き出し、それを日本の現状と比較して上手く論じられていたと思う。論文の内容は若干うろ覚えではあるが、もう少し詳細に内容を検証していきたい。

 まず、注視すべきは現状分析である。小泉改革是か非かで揺れる世論の中、そうした二分論に囚われていない。そこで英国と米国の事例が引き合いに出されるのだが、サッチャリズムやレーガノミックスといった新自由主義政策は、現在ではもはや支持されていないことを書いている。また、新自由主義の問題を「小さな政府」という要素に置き換え、日本はOECD諸国30カ国内で5番目に「小さな政府」に成功した国であることをデータを用いて証明し、日本も新自由主義から脱却すべきことを主張している。小さな政府かどうかという問題は、それぞれの国が採用している運営システムなどの諸条件によっても左右されてくることだと思うので、データの引用箇所について私は懐疑的だが、国際的な流れから逸脱しているとの指摘は、それなりの妥当性を持っていると思う。

 そして、論中では新自由主義に代わる施政の方針として、英国の「第三の道」路線を批判的に継承した「参加保障型」社会という理念を打ち出している。このビジョンは大雑把に説明すると、一括投下型の現在の福祉に代えて、自立支援型の福祉を推し進め、階層間流動性を高めることに主眼を置いたものだ。一連の新自由主義政策にまつわる問題の解決策としては、リベラルな観点から解決策を探ったものとして、悪くない評価が下せるだろう。

 残念だったのは、その後の具体策の提示が今一つはっきりしなかったことである。というのは、データの引用が多かったのだが、単なる数値の合致する点を見つけることだけに終始していた感が否めず、なぜ合致するのかの論拠が希薄だったからだ。他にも、説明の難しい部分で「国民参加」という左翼論壇の典型的な”逃げ”の手法を用いていたりして、詰めの甘さが感じられた。ただし、「国民参加」の理念を実現しやすくするために、福祉政策を行う行政主体の単位を分散・縮小しようとする提案は興味深かった。

 以上のように、うろ覚えながらも私なりに読んで感じたことを書いてみたのだが、この論文の論旨には私は大まかに賛成である。なぜなら、他の先進諸国は市場主義への傾倒による失敗の経験から、福祉重視でも市場重視でもない「第三の道」を模索しているからである。一方的な市場重視路線から福祉を見直しつつあるイギリス、ドイツ、アメリカなどの国はもちろんだが、福祉大国と言われたスウェーデンでさえも、福祉重視路線から中道的路線に揺り戻しつつある。これら「第三の道」と総称される政策方針の最大の特徴は、「依存型福祉」を「自立型福祉」に切り替えることであり、英国における一連の政策は約7年の歳月を費やして、100万人以上の雇用を生み出している。何度も繰り返すが、このような効果が上げられたのは、単にモノをばらまく福祉行政ではなく、人間の自立を目指した温みのある福祉政策を施した結果である。小泉施政の功罪を問うてみたり、「ニート」というレッテルについて考えたりするのも、それなりに重要なことだと思うが、私たちが向き合っていかなければならないのは、小泉施政の次なる方針を探ることである。英国のような”生きた教訓”を無駄にすることなく、次なる日本の「像」を定めていってほしいと思う。

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2006年4月16日 (日)

君主の資質

 民主党の新代表が小沢一郎氏に決定した。以前のエントリでは、前原氏が代表から降りることを嘆くあまり、民主党の前途は見えないと述べたが、私はそれでも民主党に頑張って欲しいとの思いを捨ててはいない。なぜなら、民主党が政権交代政党として果たす役割はまだまだ大きく、与党と野党の緊張関係が持続しなければ政治はすぐに腐敗に向かっていってしまうからである。私は基本的には自民党を支持するが、掲げる理念としては民主党の政権交代構想をより一層強く支持している。それにもかかわらず、過去の選挙で自民党に支持したいと思ったのは、結局のところ判断の決め手となるのは政策だからである。民主党には支持するに足る政党に早く成長して欲しいと思う次第である。

 さて、小沢氏に決定した新代表だが、早くも巷では様々な言説が聞かれる。その中で際だっているのは、小沢氏の「政治屋」というイメージに関したものである。ここで言う「政治屋」とは、政治的手腕に長け、目的のためには手段を選ばないような政治家像を指しているものだと思われる。確かに、政治的手腕に長けた政治家は攻撃的なイメージがつきまとい、政治家に穏健的なものを期待する市民にとっては、苦手な部類に入るだろう。だが、政治家というものは本当にそのような清新なイメージだけでやっていける職業なのだろうか。政治家像というものについては、政治学の古典として有名な「君主論」が私たちに大きな示唆を与えてくれる。

 「君主論」は政治における権謀術数を賞賛したものとして、しばしば批判されがちであるが、著者のマキャベリが目指した理想とは、そのような陳腐なものではない。彼は、数多の歴史の事例から引き出して、政治において何かを達成することがとても難しいことを主張した。政治において善悪が簡単に判断できる問題は少なく、悪を避けようとすれば、何をも為すことができないからである。そして、その中で何かを成し遂げるには、大きな目的のために小さな犠牲も厭わない、英雄的な精神を持った君主を待ち望んだのである。

 ここからあるべき政治家像を汲み取るならば、それは幾多の政治的困難を乗り切る力と統率を持った政治家でなければならないということになる。奇しくも、現代の理想的政治家像に則った宰相こそ、現在の小泉首相であった。彼は、できないと言われた自民党の悪しき癒着構造の旧弊を打破した。この点において小泉首相は政治に必要な実行力を持っていたと言える。そして今、野党第一党に立った小沢氏は、この時代の傑物である小泉首相に対抗できるのだろうか。

 政治に必要な力と統率については、小沢氏は小泉首相に勝るとも劣らない力を示すだろう。だが、小泉首相は政治に必要な統率を持つと共に、清新なイメージも持っていた。それは一言には言い表せないが、若さや外見、旧弊打破のスタンスなどの諸要素から出来上がったものであろう。残念ながら、小沢氏はこの清新なイメージを持っていない。しかし、小泉首相の任期は今年の9月までである。「ポスト小泉」の面々が小泉カラーからの脱却を図るならば、小沢氏にも勝機が見えてくるかもしれない。

 ともあれ、小沢氏は目的に対する強い実行力を持った政治家である。彼が提示する政策が国民の望みと一致するならば、彼は小泉首相に勝るとも劣らない功績を残すだろう。小沢氏が「小泉後」をにらんだ効果的な政策を打ち出してくれることを期待したい。

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2006年4月11日 (火)

対中デタントの始まり

 昨日は中央公論5月号の発売日であった。漫画雑誌を買うことの無かった私が、他の人が買わないような硬派なものを読もうと思って二年前に買い始めて以来、今ではこの雑誌を買うことが月に一回の楽しみとして定着している。この種のオピニオン雑誌では他にも様々なものがあるが、私が敢えて中央公論を選んだのは、過激な言論を避け、落ち着いた視点で世間を論評している姿勢が気に入ったからだ。中でも、今月号で最も心待ちにしていた雪斎先生の論文は、激情に任せて語ることを避け、冷静に、そして誠実に現実と向き合ったものであった。政治に関する論者は「右翼」「左翼」という区分けで論じられがちであるけれども、雪斎先生はそのどちらでもない「現実主義」の論壇に立つ政治学者として、揺るぎない主張の堅強さを誇っていると思う。今月号の雪斎先生の論文は対中政策について論じたもので、これまでの強硬策に代わる次段階の政策として、デタントの必要を提言している。感情に囚われずに考えるならば、強硬策の後にはいつか緊張緩和のタイミングを見つけ出す必要があるわけで、その点では私の考えと大筋で一致している。ただ、現状認識のいくつかのポイントで私の考えとは相違が見られるので、それらについてまとめようと思う。なお、私の対中政策についての今後の展望は4月1日のエントリで簡潔に明かしている。そちらを参照しながら以下をご覧いただきたい。

 まず、雪斎先生と異なるのは、小泉外交に対する評価である。端的に言うと、先生は否定的に、私は肯定的に評価している点が異なっている。先生は対中強硬策による国交の半断絶状態を、国際政治における停滞として見ているが、私は単なる停滞として見ていない。私の小泉外交に対して評価する視点の基盤になっているのは、靖国問題が一つの外交カードであるという認識であり、小泉外交は確かに表面上は停滞だったと言えるかも知れないが、中国問題が辿ってきた歴史的経緯を鑑みるならば、戦争責任問題の道義的側面と権力政治的側面の切り離しを迫った点において肯定的な評価を下せるのである。小泉首相自身がそれを意図したのかどうかは不明だが、外交断絶は”有意義な沈黙”として次のステップへの足固めの役割を果たしている。一方、小泉外交に対して否定的評価を下した雪斎先生も、文脈上では戦争責任問題が政治的干渉を受けずに本質的解決を必要としていることを述べており、結果それほど観点の相違はないように思う。とすれば、これは微妙な差異に過ぎないが、このことは思考の立脚点が多様であることを示しているのではなかろうか。

 二つ目の相違点は、中国の統治体制の強さに関してである。先生は中国の経済的成長に対する一方的な肯定的評価に疑問を呈する意味で、統治体制の不安定性を提示している。だが、私はこの不安定性が体制にあまり大きな影響を及ぼさないと考えている。なぜなら、中国は体制として徹底した中央集権を採用しており、これらの不安定性が障害として発現するのを押さえ込めるだけの国家権力を有していると評価するからである。これは中国が独裁国家であるとする言説ではない。あくまでも中国の統治構造と、数々の暴動が鎮圧された事実に基づいている。ただ、これらについて中国が困る局面があったならば、日本はその局面の打開のために協力することを外交上の”アメ”として提示して良いと思う。

 最後に提示する先生との相違は、この問題に関する最も重要な論点である。それは中国を政治における合理的アクターとして捉えるか否かの問題である。先生は中国の外交担当者が周恩来のような卓越した実務家の系譜であるとして、合理的アクターとしての中国に期待を寄せている。それに対し、私は4月1日に挙げた二つ目の問いで明らかにしているように、実務家が必ずしも自由に動ける態勢ではないではないことを挙げて、合理的アクターとしての中国に疑問符を付けている。近代国家の一つである中国は、その内部の軍部や民衆の反発を抑え込む術を完璧には為し得ないからである。結果、全体として見た中国は”足かせによって合理的になりきれないアクター”であるとするのが私の評価である。このことが政策決定にどのように影響してくるかは判然としないが、対中デタントに際してはこれまでに無いほどの慎重さをもって外交を進めなければならないことが言えるだろう。ついでに言うなら、「ポスト小泉」の時期にデタントに踏み切ることも極度の慎重さを必要とする。下手をすればデタントが失敗に終わり、再び中国の「靖国カード」が復活しかねないのである。この理由から、私はデタントまでにもう一段階、「ポスト小泉」でも強硬姿勢を崩さないアピールが必要かと思う。そうしてやっと、中国に意味を納得してもらった上でのデタントができるのだと思う。

 ここまで雪斎先生の論文との細かな相違点を指摘してきたわけだが、先生と私の主張はその結論について何ら違いはない。これまでの強硬策に代わる対中デタントがこの先数年の間に要請されること。これは日本外交が向き合わなくてはならない厳然とした現実である。日本が左右の陳腐な感情論に惑わされることなく、毅然とした外交姿勢をとることを私は願ってやまない。

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2006年4月 8日 (土)

資本主義と拝金主義

 最近は季節の変わり目と言うことで、テレビをつけると特番がやっていたり、レギュラー番組が時間拡大で放送されていたりする。昨日の夕食の時間帯、私は最初プロ野球の阪神戦を見ていたのだが、阪神が守備側の時に少し退屈して別のチャンネルを回してみた。すると日本テレビ系で放送されていた番組が私の気を惹いた。司会は爆笑問題の太田光。パネラーたちが議員という役柄になって、仮の法案(テーマ)に対して討論し、賛否を決めていくという構成である。前宣伝が結構頻繁にされていたので、番組自体は知っていたのだが、討論番組ということだったので、見ようとは思っていなかった。競技ディベートをやってきた私にとって、無秩序に意見を言い合う日本の討論は肌に合わないからである。発言者ごとに時間を決めて議論を行う競技ディベートに比べて、日本の討論は声の大きさだけで押し切って議論が行われる場合も多い。そこでは、論の優劣とは別の要素で争われている場合がしばしば見受けられるのである。ちなみに、私がその番組を嫌がったもう一つの理由は、いくつかの討論番組でアナキスト的言動を繰り返す爆笑問題の太田が司会だということだった(笑)。

 討論番組が嫌い、でもついつい見てしまう、というのが私の性分である。昨日もお題が気になって思わず見てしまった。お題は「60歳未満の株式投資を禁止すべし」である。議論の内容を一見した感じでは、拝金主義是か非かという雰囲気であった。私はこういうお題だったら、まず年齢制限の意味を問うことから始めるのにな、と思ってしまったものだが(終わらない資産バブル・後編を参照)、この問題を広義で捉えるならば、拝金主義是か非かの問題は避けては通れないことである。

 「拝金主義」というのは、近年の格差社会や金融の問題を語るときにしばしば聞かれる言葉である。全ての事柄を金で評価する、「金は天下の回りもの」といったような風潮をさげすんで言う言葉だ。だが、私はこの言葉がもっともらしく語られる風潮に若干の懸念を抱かずにはいられない。なぜなら、日本という国家自体が資本主義の論理によって動いているからである。「拝金主義」という言葉の内実は「資本主義」の裏返しに過ぎない。そして、私たちは資本主義を否定する論理を持ち合わせていないのである。拝金主義云々と言ったところで、私たちの国家、生活、全ての事柄において資本主義の論理が働いている限り、私たちはその呪縛から逃れられないことを理解しなければならない。

 私たちは、資本主義に対して肯定とも否定とも付かぬ曖昧な態度をとってきたことで、様々な損害を被ってきたことも知らなければならないだろう。それは最近話題になっている株式投資についてのことである。私自身が株についてどういう関わりを持っているかについては、敢えてノーコメントとさせていただく。だが、株式市場について少しでも知見を持っている者は、日本の株式市場が外国資本の思惑によって簡単に動かされていることに気付いているはずだ。90年のバブル経済、そして最近の好況も、全て裏で糸を引いているのは外国資本であった。彼らが資金を動かすことによって、私たちは一喜一憂し、そして最後にはバブル崩壊が起こり私たちは損をしてきたのである。しかし、それにもかかわらず、日本の風土は自らに損をさせてきた資本主義の敵役に立ち向かおうとはせずに、ただ異議を唱えてきただけだったのだ。私たちは、日々の労働で得た金が外国資本に吸い取られているという屈辱的な現実に立ち向かわなくてはならない。それにはまず、外国資本と対等に戦える一線級の投資家の養成が求められるだろう。確かに日本では昔から金に関わる職業は下賎とされてきたが(注1)、一方でルパンや鼠小僧のような「義賊」が人気を博してきたことも事実である。そこで、日本の投資家を外国資本から国民の財産を守る「義賊」として位置づけることはできないだろうか。若干誇張表現ではあるが、今の日本に金融の舞台で国を守る戦士が求められていることは紛れない事実である。

 ここまで私は金融の重要性を述べてきたのだが、拝金主義という言葉に全く共感しないわけではない。むしろ、私も雑感としては、あらゆるサービスに対して対価を求めようとする風潮に強い反感を覚える。あらゆる事柄が契約関係によって支配されていくようになれば、人間の心と心の豊かな対話は閉ざされていってしまうからである。特に教育などの場面においてはそれを強く感じる場合も多い。だが、私がここで問題だと思うのは、契約社会理念が浸透しすぎているということではなく、むしろ道徳教育が衰退していることである。私たちが「拝金主義」と呼んで蔑視する問題も、道徳教育が一方的に衰退したことによって、資本主義的な現実が明らかになってきたことへの反感に過ぎないのではないだろうか。だとすれば、資本主義の論理の一方的な否定に終始せず、道徳教育を立て直すという前向きな作業こそが求められるべきものであると私は考える。


注1:このことは中世~近代の欧州においても例外ではなく、金融業を営んでいたのは下賎の民と言われていたユダヤ人であった。世界に名だたる大財閥のロスチャイルド家も元をたどれば、フランクフルトのゲットー(ユダヤ人居住区)で金貸しをしていた一族に過ぎない。彼らがその後の躍進を遂げたのは、プロテスタンティズムの合理精神が世間に浸透したからだという見方が多い。


追伸
 今回のエントリは前回から実に一週間ぶりになる。理由は話のネタ切れである。過去ログ一覧を見てもらっても分かるように、このブログは更新のタイミングがとてもまばらだ。こんなペースの更新を続けていては、読者がいつまでたっても寄りつかないだろうと思うので、ここで更新ペースを定めたいと思う。とはいえ、私は今年受験生であるので、基本的に忙しい。だから、自分でも無理の無いように、週に最低一回更新をこれからのペースとして定める。読者諸氏は、週のいつに更新がされるのかなぁという気持ちで毎日閲覧していただければ幸いである。

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2006年4月 1日 (土)

強硬策の始まりと終わり

 今日は予告していた通り、一昨日のエントリの続きを書こうと思う。一昨日のエントリでは、高坂先生の著作を読み解いて、日中関係の前進のためには戦争責任の問題についての思い切った「決断」が必要であると書いた。しかし、それからの日本が辿ってきた道は、中国に対する明確な決断を避けたまま、態度のはっきりしない外交姿勢を続けるものであったように感じる。一般には、この外交姿勢が”弱腰外交”と言われ続けてきたのだが、このことは中国問題を特段に悪化させるものでもなかったと思う。なぜなら、そうした姿勢は問題に対して本質的解決を避けて先送りにするものでしかないからである。一方で、中国の突きつけてくる戦争責任に対する要求は、日本が”弱腰外交”を続けた長い期間のうちに、やがて中身のない陳腐な要求へと変わっていった。いつまでも同じ要求を繰り返す中国に対して、国際社会はそれが利己的なものに過ぎないと気付きだしたのだ。

 残念なことに、日本では戦争責任の問題を道義的側面でしか捉えてこなかった。しかし、問題を提起する主体は一つの権力国家に過ぎない。そう考えたとき、中国が繰り返す要求は利己的であることが見えてくるのだ。最近は日本でもそうした考えを持つ人が多くなってきている。その中でささやかれ出した、戦争責任問題が中国の外交カードであるとの考え方は、戦争責任の道義的色彩が薄れた現在においては有効なものであると言えよう。なお、外交カードについての考え方は、馬車馬氏によるエントリが非常に秀逸である。是非そちらを一読されてから、続きを読んでいただきたい。

 ”弱腰外交”をずっと続けてきた日本であったが、小泉首相はその旧弊をいとも簡単に打破した。小泉首相が靖国参拝を強行することによって、ついに「決断」が実行されたのである。小泉外交は中国に対する態度を驚くほど一変させた。それはまさに現代日本の”外交革命”と呼ぶにふさわしい。一方、革命的な小泉外交に比して、以前の”弱腰外交”にはより一層の批判が加えられるようになったが、中国の外交カードを陳腐化させた功績という点では、”弱腰外交”は今の小泉外交の布石として十分すぎる役割を果たしたように思う。

 小泉以後の対中強硬姿勢は、戦争責任の道義的側面と権力主義的側面の切り離しを迫った点において評価ができる。だが、強硬策には言うまでもなくデメリットがあり、使う時と場合を考えないと、自らに被害が及ぶ諸刃の剣であると心得なければならない。つまり、小泉外交が打ち出した強硬策は、その目的が達成されたタイミングを見極めないと、中途半端な効果に終わってしまったり、却って自らに害を為してしまう性質のものなのである。では、対中強硬策の「目的が達成されるタイミング」とはいつなのかという問題の答を、以下に提示する三つの問いを通して明らかにしていきたい。

1.中国が「靖国カード」をまだ使えると思っている可能性は?
 あると思う。なぜなら、靖国問題については日本国内でも賛否が分かれているからである。ポスト小泉が親中政権になる可能性がまだ少なくない今、中国はあえて「靖国カード」を放棄する理由がないのである。しかし、もしポスト小泉が対中強硬派になるならば(むしろ親中派が寝返るというシナリオの方がインパクトが大きいかもしれないが)、中国がカードを繰り返し突きつけることの愚を悟り、放棄する公算が大きい。

2.中国は日本に対して妥協する必要があると感じているだろうか?
 感じている人々とそうでない人々がいると思う。問題再考-胡錦濤体制で何が変わったか(前編中編後編のエントリでも論じたように、経済の重要性を理解している政策担当者は、日本に対する妥協点を探っているだろう。しかし、軍を中心とした愛国者たちは何が何でも妥協する必要を否定するだろう。それは日本がどれだけ総合力における優位を確立していたとしても、である。だから、愛国者の存在は妥協点を探る政策担当者にとっても足かせとなる。このとき、日本は中国の政策担当者が二の足を踏む現状を打開するために積極的に働きかけるべきだ。幸い、日本は中国に対しての経済的な優位がある。そこで、日本から中国に対して積極的に利益を示すなどして(アメに対してムチを用いることももちろんアリだ)、中国の妥協に誘導していけば良いと思う。それこそが、日本の目指すべき能動的な外交である。まずは中国の妥協を誘うことが、強硬策後の”デタント”を見据えた動きになると思う。

3.日本の強硬策はいつまで続けられるか?
 まず、日本が強硬策をとれる背景は、その経済優位にあることを自覚しなければならない。それを踏まえて考えるならば、中国経済がより一層の発展の契機を見いだす前に、問題にケリをつけてしまわなければならない。今のところ中国の政治経済双方に多大な変動を及ぼす考えられているのは、台湾次期総統選と北京五輪が開催される2008年である。日本が強硬策を続けたとしても、この出来事の前後では、強硬策をとった時のコストが大きく異なってくるだろう。力をつけた国家に対して支払われる代償はそれだけ大きくなるからである。私はその理由から、強硬策の最終期限を2008年までだと提案したい。それまでに強硬策の目的が達成されなければ、一旦はその意図を諦めるしかないように思う。経済発展についての重要な時期に、政治が原因で経済が阻害されるようなことがあっては、日本にとってもダメージが大きくなるからである。その場合、強硬策を止めるからといって特に媚びる姿勢に変える必要もない。政治についての論議は一切凍結して、「政令経熱」の状態に戻すのである。もちろん、それは望ましい結末でないことは明らかである。だから、2008年までの僅かな期間こそが、中国問題についての正念場であると言えよう。

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