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2006年3月31日 (金)

死亡宣告を受けた民主党

 今日は昨日のエントリに続いて中国問題を扱うつもりであることを予告していたが、民主党前原代表が辞任するとのことなので、そちらを優先して書きたい。無論、無闇に時勢を追ったエントリであるので、いつものような論理的な分析はなく、雑感といった感じが否めないと思う。読者の皆さんは「ふーん、そうなんだ」程度の気持ちで読んでいただけると幸いである。中国問題の続編は草稿が仕上がっているので、明日には問題なく掲載できると思う。

 近年の民主党の成長には目を見張るものがあると私は見ていた。民主党が現れる以前の日本の政党政治は、思えば雑なものであったからである。与党になるほどの党勢もない野党がいくつも乱立して、口々に偉そうな文句を言い募る状態。彼ら弱小野党には政権を担う力なんてあるはずもないのに、与党だけが手にできる為政者としての権限を有名無実な公約として言いふらし、選挙戦において不毛な議論を生んできたのである。その中に本当の意味で政権を担うことの出来る力を持った野党はなかっただろう。かの社会党でさえ、経験豊富な自民党と組むことでしか、政治の場における主人としての役割を果たせなかったのである。しかし、その中で民主党が登場したことは膠着した政党政治に活気を与えたことは言うまでもない。

 民主党が果たした大きな役割はいくつかある。一つには、民主党が他の野党と一線を画する「政権交代政党」として売り出したこと。これはイギリスのシャドウキャビネットを真似た”ネクストキャビネット”構想や、施政方針に重みを持たせた”マニフェスト”にも明らかである。民主党は他の野党と違い、自らに政権担当能力があることアピールすることによって、自民党による不動の55年体制を揺るがせた。それまでずっと実質上の”代役”がいなかった与党のポストに成り代われる力を、野党で初めて国民に示したのである。

 二つめの大きな役割は、彼らがリアリズムの視座を持っていたことである。それまでの日本の国政の場における野党とは、与党の意見に何が何でも対立する立場だと思い込まれていた。どの政党もひたすら与党に対するアンチテーゼでなくてはならないという気風があったのである。しかし、そのことは野党に、時に非現実的な姿勢をもとらせることになった。現実には到底行い得ないようなことでも、彼らは与党の方針に少しでも誤りがあれば、それを糾弾し、対立政策をとった。それはひとえに、与党に対する過剰なまでの敵愾心と、国民の期待に応えようとする過剰な自負からである。彼らは、国の政策が少しも誤ったものであってはならないという立場をとるあまり、この世に最良の政策など存在しなく、政策の選択は常にベター(マシ)なものを選ぶに過ぎない、ということを忘却してしまったのである。つまり彼らは、どれだけ理念の素晴らしい政策であっても、現実に行い得るものであるかどうかという問題に対して目を向けようとしなかったのである。有権者はこのことをよく見ていた。いくら美辞麗句で飾っても、実際にそんなことができるのかという疑惑の目を向けていたのである。
 それに対して、民主党には今までとは一味違う”若手”が揃っていた。彼らは「理想」に対する理念をもった政治家ではなく、「現実」に対する理念をもった政治家だったのである。このことは、民主党が自民党の政策に対して賛意を示しすぎていると批判があったことを、逆説的に読み取れば分かるだろう。民主党は、自民党に反対か否かではなく、その政策が妥当か否かという点について真摯な姿勢をとったのである。

 これらの民主党の役割は、自民党に対して党勢を拡大する中で培われ、前原体制の確立によってピークを迎えたと言っていいだろう。特に前原体制に変わってからは、外交においてもリアリズムの視座が養われたと言える。前原代表が訪米したとき、彼は憶することなく中国を脅威と言ってのけた。この事実に対しても、各所で様々な議論が展開された。しかし彼は、自身の発言に政治的影響力があることまでは思い至らなかったようであるが、中国の成長する総合的な力が、その運用意図が不明瞭であるという点において「脅威」だと語ったことについて、現実に対して誠実な観点を持っていると言えるだろう。

 私はこの前原氏を代表になる以前から評価していた。なぜなら彼は、私の尊敬する高坂正堯先生のゼミ生であり、雑誌などの場での彼の発言はその期待を裏切らないものだったからである。前原氏が代表になったとき、私は非常に驚いたものである。しかし今日、彼は何ともやるせない理由で辞意を表明することになった。その原因となったところの永田議員は一体どのように考えているのだろうか。

 私はずっと、一連のメール疑惑問題については特に興味がなかった。ただ一つ、この問題について想いを語るのであれば、それはただ”不毛”の一語に尽きる。全く無意味なのだ、そんな問題について語ることは。しかし、それなのに、永田議員は無用な犠牲を増やした。一人は情報提供者の西澤氏である。彼の提供したような、真偽の怪しい情報は、探せば他にいくらでも転がっているだろう。彼は多くの怪しい情報の一つを提供してしまった「多数の中の一人」に過ぎない。悪いのは、それを取り上げてしまった政治なのだ。それなのに、永田議員は結局彼の名前を公表してしまった。そのことが、特に悪意のなかったはずの彼をスケープゴートにしてしまうことは明白だったはずである。全く節操のない、不毛な犠牲だと思えた。前原代表についても同様である。永田議員は、自分にふりかかった責任が他者を苦しめることに対して無自覚だったのだろうか。それならあまりにもこの問題は不毛ではないか。私はこの一連の問題に対して、不毛だと嘆き、絶望するしかない。

 加えて、前原代表辞任後の民主党には全く展望が見えない。「小泉後」も未知の可能性に溢れている(期待が持てる)自民党に対して、民主党の後釜で浮かぶのは、見飽きた顔ばかりである。もしかしたら、今まで黙してきた小沢氏が強権的な体制に作り変えるという「サプライズ」があるかもしれないが、小沢氏の統率には包容力がなく、より一層の党勢弱体化を招く可能性もある。そういう意味では、前原体制は「小泉後」の体制にも十分張り合える理論と新鮮さを備えた民主党最後の希望だったように感じる。その希望を失った今、私は今後の民主党に対して、期待を一切捨てて、冷ややかに見守ることしかできないのである。

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