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2006年3月27日 (月)

「国家の品格」は書の品格に欠ける

 私は以前に「国家の品格」という本を借りて読んだことがある。非常に読みやすく、読むのが遅い私でも一日や二日で読み終わる本だった。だが、読み終わって私が強く思ったのは、世間で素晴らしい本だと言われているほどの価値はない、ということである。

 この本の構成は、前半で近代合理主義的風潮に対する批判をしていて、後半は日本文化を賞揚する内容になっている。私にとって、後半は非常に快い内容であったけれども、前半はやや不快とも言える内容だった。著者の批判のやり方があまりにも粗雑だったというべきだろうか。著者の主張に至る論理のプロセスがあまりにも短絡であるように感じた。冒頭の問題提起で「教育などの問題は論理では割り切れない」としたところは良かったのだが、その後の文章展開では合理主義を批判するあまり、論理的思考そのものをも否定するような論調になっている。その中で私が特に気になったのは、著者が「数学でも論理が完全でないことが証明されている」として、論理の限界を指摘した部分である。ネット上で、この本に肯定的な評価をしている人の多くがこの記述を挙げていたのだが、私はそういう評価を下した人々に対して多大な危惧を抱く。なぜなら、「数学者が論理を否定したのだから」とか「数学でも論理は完全でないのだから」という考え方は一種の権威に対する盲信だからである。その人の主張の論拠を斟酌せずに、「あの偉い人が言ったのだから間違いない」と一方的に考えることが果たして賢明な判断だと言えるだろうか。読者には、著者の肩書きなどで判断せずに、その主張の内実を吟味して判断する姿勢が求められなくてはならない。事実、社会問題が数学のように簡明な論理で構成されていないからといって、数学よりも論理性の劣るものだと考えることは誤りである。社会問題も分析を深めていくと、それが様々な個別的問題を内包しているものであると気付かされるからだ。それは数学よりも複雑な論理の集合体であるとも言えるのである。だから、数学の論理が否定されたとしても、そのことをもって社会問題の論理性を否定するのは短絡的な結び付けだと言わざるを得ない。(一方で、社会問題を構成する要素には論理的でないものが含まれていることも事実である。)

 もう一つ、私がこの本に対して否定的な理由は、まさにその後半部にある。私は確かに後半は快い内容であったと書いた。事実、日本文化にしかない「憐れみの心」や「弱者へのいたわり」を賞賛する記述は私の心を強く打つものだった。しかし、それと同時に私が感じるのは、この記述が果たして書物として優れたものであるか、ということである。残念ながら、このような記述は私にとっては当たり前のことであり、それに同意こそすれ、秀逸であるとは思わないのである。しかも、これと同様の主張はネットで探せば、保守系のブログなどを中心としていくらでも似たようなものが見つかる。つまり、私はこの主張に対して、プロの卓越性を微塵も感じなかったのである。ありふれた主張をするだけならわざわざ本を書く必要など皆無だ。
 私は前半の粗雑な論理構成と、後半の主張の凡庸さ故に、この本は”書として品格がない”と断言したいと思う。

(この本に対する様々な書評の中で、私の意見と近いなと思ったのはこちらの書評です。併せてご覧頂くと良いと思います。)

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