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2005年11月24日 (木)

ドイツ大連立は前進か後退か

 ドイツでメルケル新首相が誕生した。今回の新首相選出にあたって、与野党の大連立が組まれたことは注目に値する。メルケル新体制の発足はドイツの抜本的なレジームチェンジとなりうるのか、はたまた退嬰に移るのか、どちらであろうか。

 前シュレーダー体制では、フランスとの協調でEUの規模権限を拡大し、米国にも対抗しうる国家連合を作り上げた。そのEUの代表としてドイツはフランスと共に米国のイラク戦争に反対するなど、毅然とした態度で国際外交を行ってきた。その背景には強大なEU覇権があったからである。だがメルケル新体制ではアメリカとの協調外交へ戻っていく可能性が高い。EUを共に主導してきたフランスも、EU憲法が国民投票によって否決されるなど、EU覇権の拡大に待ったがかけられたからである。そんな状況の中でドイツが米との協調路線に戻るのはやむを得ないことではないだろうか。

 一方でドイツの国内情勢は窮迫している。ドイツ国内失業率は17%を超え、フランスの10%と同様に移民・外国人労働者流入の影響が出ている。トルコからのガストアルバイターの増加が主な要因ではあるが、EUの東欧拡大によって新たに加盟したポーランドなどからの労働者の流入が問題に拍車をかけている。近頃では「ポーランド人の配管工」という言葉が世間の風刺で用いられるようになった。そんな中で雇用是正の為にEU拡大を進めたこれまでの方針に批判が集中する虞があり、メルケルがどのような労働者政策を行うかに期待が集まる。

 しかし、その政策の決定機関たる政府・国会が確かなリーダーシップを発揮できるのか、という部分には疑問が残る。大連立を果たしたとはいえ、それが妥協含みのものであるからだ。実際に首相選出投票の時に社民党左派が離反して票を投じなかったことなど、先行きへの不安もある。外部の反対勢力よりも内部に存在する反対分子の方が全体の意志決定にとって大きな足かせとなることは、小泉内閣発足当時によく言われた「抵抗勢力」という比喩からも明らかである。

 メルケルに首相の座を明け渡したシュレーダーは、近く下院議員も辞職しベルリン市内で弁護士事務所を開くという。まだ61歳で政治家としてはこれからとも言える年齢である。「引き際は潔く」と言うにはあまり若すぎる年齢だと感じなくもない。ベルリン崩壊後のドイツ、ひいてはヨーロッパを牽引した傑物が引退することは、良くも悪くも新たな時代へと順応していくドイツの姿を映し出したものであろう。

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2005年11月21日 (月)

問題再考-胡錦濤体制で何が変わったか・後編

 二日に渡って中国が胡錦濤体制の元でここ一年間辿ってきた軌跡を振り返ってみたが、本日はそれを踏まえて中国と日本のリレーションシップ(関係)はどうあるべきかという点について論じてみたい。

 日中関係は民間での結び付きが強まり、一方で政府間のやりとりが途絶されていることは既に確認した。これは一般的に「政冷経熱」と呼ばれているが、マルクスの理論によって考えると、経済関係に従って政治関係もやがては緊密になっていくだろうという長期的視点に立った予測があり、これを拡大均衡シナリオと言う。一方で、政治的な軋轢を止めることができない場合は、経済関係までが冷え込んでしまう結果になる。これを縮小均衡シナリオと言う。一度深化した経済関係は簡単に断ち切れないのが普通だが、政治的関係から経済に関して重大なリスクが及びかねない場合、中国からの日本企業の撤退をもって縮小均衡シナリオが進行し、拡大均衡シナリオへの希望が断たれてしまう可能性もある。反日デモに際して現地の日系企業が被害を受けたことなどはこうした可能性を現実に示唆するものである。このようにして両国関係が一転して官民共に縮小へ向かう可能性も否定はできない。

 日中両国の民衆は歴史問題などで伝統的にいがみ合ってきたが、特に中国民衆の間には政府の教育洗脳政策によって盲目的反日オピニオンが形成されている。だが一方で商業提携などを通じて日本を知る機会が多い人々の間では比較的日本への理解度が高い。自由な言論が封鎖された共産主義立国に対抗しうる武器は、西欧国家が生み出した自由で民主的な思潮の他にない。日本は経済交流を通して中国の閉鎖的な思潮に穿孔を穿ち、このような知日派を増やしていく地道な努力を進めていくべきである。

 中国国内の党派争いでは日本に対する態度が大きな要素となっていることは既に述べた。このことは裏を返せば、日本の態度如何によっては中国国内の勢力図が動かせるかもしれないということを示唆する。つまり、現状において日本には中国に対する潜在的な「内政干渉」の権利が与えられていることになるのだ。そこで例えば、軍だけに批判の的を絞ったりするような姿勢を取ることによって、外側から相手の内部勢力図を揺り動かすようにリードしていけるのではないだろうか。そういう方策こそが外交の妙味だと感じる。このような奇抜な発想でなくとも、現在の日中間のマイナスの膠着状態から抜け出すには、どちらかが受動的ではない能動的な外交を決断することが迫られているように思うのではあるが。

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2005年11月20日 (日)

問題再考-胡錦濤体制で何が変わったか・中編

 昨日の日記では、胡錦濤体制成立当初は中国の対日政策の軟化に期待がもたれていたと書いたが、無条件の肯定というわけではない。次のことに気が配られる必要がある。対日政策軟化という予測は、ただ江沢民に比して胡錦濤が経済関係を通した対日友好策を採ることの利益を見いだしていた(実際、主席就任前後には日本との友好関係を示唆する発言も少なからずあった)ことだけに拠った理屈なのであって、実際には軍部の保守路線や民衆の反日感情が大きな障害となって簡単にそのようにさせてはくれないだろう、という含みが随所に見られるのである。

 そしてその含みは後の胡錦濤体制にとって現実の障害となった。それが今年の4月に起こった中国での大規模な反日デモである。「中央公論」6月号では反日デモを受けた特集が組まれ、論者は一様にデモは胡錦濤体制が確立できていないことの現れだと論じた。胡錦濤体制は確かに日本との連携を通じて国際社会での地位を確立することを目指したが、反日教育を受けた中国民衆は依然として日本に対する反感情を持っていたのである。反日教育を施すことと経済交流の上で対日融和を目指すこととは相矛盾している。だが、広大な土地と人民を有する中国にとって、民衆のアイデンティティを呼び覚まし結束を固める手段としての反日教育は放棄しがたいであろう。矛盾する双方が必要であるという点において中国はまだまだ対日融和を加速させる基盤が成立しているとは言えず、対日融和を願ったとしてもそれは遅々として進まないことを運命づけられているのかもしれない。

 胡錦濤体制が目指す対日融和のシナリオを阻害するもう一つの要素は軍部である。今月の「中央公論」の特集では、”未だ軍に振り回される胡錦濤政権”という見出しで胡錦濤が体制基盤を確立できない要素の一つに軍部を挙げている。前国家主席の江沢民は権力の座を胡錦濤に明け渡したが、江沢民を中心とする勢力は軍部を中心にまだ根を張っている。度重なる中国解放軍の日本への領海侵犯のような事件は、これら軍部の小さな暴走だと言えよう。中国は伝統的に国内での勢力争いが日本に対する態度という部分を大きなファクターとして含んでいることがあり、胡錦濤が国内勢力を一手にまとめ上げられない限り、日本に対する軍部の暴走は止まらないのである。台湾有事に関して理性的には中国が軍事介入することの益無きことは承知されているが、国内での勢力争いに端を発する軍部の動向如何では、万が一軍事介入することの可能性は否定しきれないと言える。

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2005年11月19日 (土)

問題再考-胡錦濤体制で何が変わったか・前編

 最近私の興味の中心は専ら中国という国のことに傾いている。なぜなら、中国という膨大な人資源を抱えた国はこの先少なくとも発展するだろう。そして飛躍的な発展の契機となるのは、北京五輪や台湾次期総統選挙が行われる今後5年間のうちであることが十分に予測されるからである。そんな予測がある中で、現在の日本は何度も言うように中国との高官クラス外交が断絶状態にある。反中的な意見からは断交状態も小気味良しという声が聞こえそうだが、民間レヴェルでの経済交流は今も続いているのであり、両国が企業の動向に気を配り御する必要があるのは当然のことである。また、もし中国が2008年前後に迎える峠を乗り越え、経済大国としての道を踏み出したならば、近隣国である日本はその産業に多大な打撃を受けることを免れない。つまりここで主張される日中関係の改善とは、日本自らが他国の経済台頭と表裏一体となっている自国産業への脅威という事象に対してよりよく対応するための最初の態勢作りに他ならない。このように説明しなくとも、経済関係によって形成される現代の国際社会において、外交断絶状態が双方におよそ負の結果しかもたらさないことに異論を挟む人はいないだろう。対外強硬策ではない、真の外交優位を作り出すためには、まずもって中国との関係改善が要求されるべきである。

 さて、最近の中国動向について調べる上で、私は去年から今までの「中央公論」のバックナンバーを読み漁った。そうすると、面白いことに気付かされた。現在中国の最高指導者は胡錦濤であるが、胡錦濤体制が出来上がったのはつい最近、江沢民が権力の座から退いた昨年9月のことである。その体制移行を受けて去年11月号の中央公論誌上では特集が組まれた。特集では数多の論客が日中関係の帰趨を占う論文を掲載していたが、それらの論文に概して共通することは、胡錦濤体制下では旧江沢民体制下よりも反日的色彩が弱まり、ともすれば日中の経済関係促進のために親日的にもなり得るのではないかということであった。中には米国シンクタンクの役員が投稿した記事で日米中の関係緊密化のために中国は日中関係の強化を欲するだろうとするものまであり、全体的に中国新体制は日本にとって友好的な評価を下し得るものとなっていた。そのように好意的に予測された胡錦濤体制下で、なぜこのような日本との関係悪化の最悪のシナリオに踏み込むことになったのか、このことを中国がこの約一年間で辿ってきた道筋から再考してみたいと思う。

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2005年11月16日 (水)

罠に乗るべきか乗らざるべきか

 中国との外交交渉がほぼ断たれてから久しくなる。これから一層の台頭が見込まれ、更にアジアの隣国としても日本にとって無視できない相手となるであろう中国政府だが、中国の外交を見ているとその巧妙さに舌を巻くばかりだ。

 中国の李肇星外相は15日、「ドイツの指導者がヒトラーやナチス(の追悼施設)を参拝したら欧州の人々はどう思うだろうか」との表現で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝を非難した。

 これだけを見ればいつもの靖国批判の論調を強めただけに変わらないと感じる。一般的に右派思想を持つ人々は、ここでヒトラーと日本のA分類戦犯との相違を論拠に批判したがるかも知れないが、問題はそこではない。この外相発言の前日に中国の国連大使が国連本部で次のことを語っている。

 安全保障理事会の拡大問題に関し、改選可能で非常任理事国(任期2年)より任期の長い「準常任理事国」を新設、日本がそれを目指すなら「打開策になり得る」と述べ、容認可能との立場を初めて示した。

 つまりは国連常任理事国入りに関して譲歩の姿勢を見せる一方で、靖国問題では日本に妥協しろと言ってきているわけである。この巧妙な交換条件に果たして日本は乗るべきであろうか。もちろん、中国が常任理事国入りに関して譲歩してみせた案も、拒否権などの肝心な権限は除外されていて、無条件に賛成と言える案ではない。だが、既にG4の安保理拡大決議案が廃案となっている今、この譲歩の案は決して悪くない条件だとも思えるのである。

 現在日本としては、なんとか中国に対する和解の局面を見つけて、外交交渉を復活させたい。中国は次の北京五輪で先進文明諸国の仲間入りとなるか否かのターニングポイントを迎えているからである。そのタイミングに彼の国が躍進を遂げるとしたら、日本は今ここでせめて国交回復くらいはしておかないと、国際社会から置いてけぼりを食らってしまう。アメリカは日本と同様に中国に対しても一定の間隔を置きながら融和政策を推し進めているからだ。

 だが、日本政府は今回のこの巧妙な中国の交換条件を読み切れているのだろうか。日本が既に小泉政権の元で靖国に関して頑なな態度を取ってしまって、現政権下では中国に対する態度を軟化させる余地のないことはよく分かっている。それでもしかし、中国側も日本との国交回復を(面目が保たれた状態で)成し遂げたいとする思惑を読み取る努力は日本の外交筋にとって必要不可欠であると思う。

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2005年11月 8日 (火)

新書というオーソリティーの失墜

 最近は本の中でも特に新書がブームだと言われている。新書などはよく買って読む私だが、なるほど最近の新書は数も多く感じる。今まで新書を出す出版社と言えば岩波、中公あたりだと相場が決まっていたものだが、最近はあらゆる出版社が新書の分野へ新規参入をしてきている状況だ。
 新書の数が増えて中身はどうなったかというと、私の所見では時事問題やハウツーについて扱ったものが増えているように感じる。このような状況に、私は新書が今までの新書にあらざるような、そんな違和感を覚えた。

 私が新書に期待するもの、それはやはり優れた社会評論である。学校の先生に岩波の旧い新書を薦められて読んだり、或いはディベートの試合に向けて専門知識やデータなどを集めるときに、幾度となく新書は読んできた。丸山真男や高坂正堯らの優れた思想家の理念に触れて感化されたこともあれば、環境関連の興味深いデータなどを収集できたこともある。そこで私が触れてきた新書というものは、思想・理念の異なりこそあれ、全てが何らか納得せざるを得ないような優れた社会批評であったのだ。この築き上げられてきた新書というオーソリティーが失墜しつつあるように感じるのは、やはりハウツーと時事問題という二つの逸脱した存在ができたからであろう。

 ハウツーとは、日常の役立つことや、何らかの趣味・学問の実践術を指すものであるが、これらハウツーは読んで考えさせられることがない。そこに書いてあるのは何らかの根拠を元にした論理ではなく、単に何かのやり方や方法論に過ぎないからである。「考えなくても方法は示してくれるから、その通りにやればいい」という簡潔な用法はまさに「知を愛する」余裕を持てなくなった皮肉なリアリストである現代人にぴったりなのかもしれないが、その故に私はこれらを忌み嫌うのである。思考を失った人間はおよそ機械に過ぎないとも言えよう。

 もう一つの忌むべきは、時事問題についてあまりにも早く取り上げることだ。本来、直近の時事問題について語ることは週刊誌やオピニオン雑誌に任せておけばいいはずであるのに、新書がこれを引き受けてしまった。早期に出版された未熟な評論が売れて、時間が経ってから出された秀逸な評論が目を向けられないというのは、忌むべきである。それどころか高尚な社会評論を新書に求めている人にまで、失望と軽蔑の念を与えてしまう。

 新書という保たれたオーソリティーが崩壊しつつあることに、やはり社会の愛知欲の薄弱さなどを感じ取れずにはいられないのである。

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2005年11月 6日 (日)

中台融和という必然的帰着

 1949年に台湾が中国とは実質上の別国家として進み出して以来、両国の間には軋轢が生じていたはずであったが、ここ数年の急速な両国の融和には目を見張るものがある。

 今までは台湾独立派と言われる民進党が主流派の位置を占めていたが、最近では大陸との融和策を掲げる連戦氏率いる野党・国民党の勢いがすさまじい。このような台湾世論における大陸融和説の高まりにはどのような背景があったのだろうか。

 まず考えられるのは両国の間には国家区分以外に、民族的文化的違いが無いことだ。
 歴史的に、いやむしろ本質的に、国家区分は民族や言語、宗教などを共有する集団によって形成されてきた。ユーゴスラビアや印パで紛争が起こり、逆に朝鮮半島では融和の動きがあることなどがそうである。
 中国と台湾との間には政治的経済的イデオロギーの相違があったが、中国はトウ小平体制以後、実質的には資本主義になった。もはや両国の間には形だけの国境線が存在するのみである。この状況下で両国が融和に向かうのは当然の帰着だと言えるだろう。
 そして、周囲の状況も中台融和を加速させている。
 アメリカが台湾に対する兵器供与を渋りだしたことなどがそうだ。このことによって台湾は有力な後ろ盾を失い、中国との融和に向かうしかない状況にしている。

 中台融和の結末は、両国に本質的な相違が無いことを上述したように、最終的には併合まで行き着くであろうことが考えられる。しかし単に併合というわけではなく、併合にあたっては台湾を特別行政区に指定するなどの措置が考えられるだろう。そうして徐々に台湾の同化を狙うのである。
 これまでは中国と台湾との間に再び戦争勃発の危険があると騒がれていたが、そもそもそんな危険性など最初から存在したのだろうか。中国は台湾を焼け野原にしてまで手に入れたくないはずであり、融和という路線は中国が最初から目指していたように思える。  こうした中台融和の動きの中で鍵を握るのは、台湾国民党主席の連戦氏であるが、氏は両国の人々の共通点として共に日本に植民地にされた歴史を謳っている。これは日本にとって由々しき事態だ。日本は台湾に樹立される政権がどのようなものであろうと、彼らの親日的な理解を得られるような努力をしていかなければならないだろう。

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