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2005年6月10日 (金)

日本に諜報機関は必要か

 今月の「中央公論」誌では面白い論説が私の目を惹いた。それは日本は戦後ドイツを見倣って対外諜報機関を設置せよ、というものだった。著者は自らが外交畑にいた人物で、拉致問題に関わった経験から、誰の見解も加えない直接的な生の「第一次情報」を得る必要を感じてその主張に行き着いた、ということである。著者が日本に見倣うべきと説いたドイツの諜報機関に関してはこちらを参照されたい。

 しかし私がその論説を読んで思ったのは、確かに諜報機関は有用であるが、それほど設置するのに切迫した事情があるとは述べられていないところである。具体的な機関の用途として唯一挙げられているのは拉致問題であるが、拉致問題は現在の日朝間の重要な議題であっても、その被害は十数人に過ぎず、日本の安全保障に重大な影響を及ぼす問題ではないのである。諜報機関は言わば情報戦略に関しての”攻め”のポジションを取るようなものであって、覇権主義国家の用にはなるかもしれないが、日本にはさして必要だとは思えない。

 また、私が諜報機関という大げさな言葉を聞いて必要に及ばないものだと思ったのは、現行の制度でその代用ができるのではないかと考えたからだ。それは各国の大使館の有機的利用である。二国間の外交において、相手国と直接の橋渡し役となる駐留大使は非常に重要なカードである。それを有機的に利用できれば、現地での情報収集から相手国との交渉までを一貫して行えるものであるからだ。

 しかし現状の大使館、そしてそれを統括する外務省を見たとき、その不甲斐なさと無能さにはつくづく落胆させられるものである。利権構造が内部を蝕んだ外務省から独立した情報収集ルートを考える場合、そこでやはり諜報機関は必要になってくると言えるだろう。だが実際に設置する算段になったときとしても、米国の諜報機関CIAの解体などが検討されている現状で新たに諜報機関を結成する必要があるのか、更に疑念は生じるのである。それだけ諜報機関というものはメリットとデメリットが混在するセンシティブなものだと捉えなければならないだろう。

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