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2005年6月19日 (日)

戦後60年、英霊が求めたものとは何だったか

 太平洋戦争の激戦地だった硫黄島で今日、政府主催の戦没者追悼式が開かれ、小泉純一郎首相や遺族ら約100人が参列、命を落とした2万人以上の兵士らの死を悼み、平和への誓いを新たにしたという。硫黄島は太平洋戦争で最初に本土決戦が行われた場所であり、同島に配属されていた栗林忠道中将率いる守備隊の地の利を活かした効果的な持久戦法と、しかし米軍の圧倒的な戦力の前に健闘かなわず最後に玉砕したという事実はあまりに悲壮で感動的である。この硫黄島を守備した兵士たちは一体何を想い、何を考え悲壮な戦闘を繰り広げたのだろうか。

 追悼に参加した遺族代表の松村信子さんは追悼の辞で次のように述べている。

 わたしたちは皆さま方のご遺志に思いをいたし、歯を食いしばって肉親と助け合い、豊かな家庭、平和な国を築き上げてきました。そして、日本は平和国家として世界平和に大きく貢献しています。
 皆さま方が片時も忘れなかった家族も立派に成長し、日々充実した暮らしをしております。どうぞご安心ください。
 皆さま方のご加護のたまものと存じます。このことをご報告できるのをわたしたちは心の慰めとしています。

 この追悼辞の行間から私は亡くなった御霊の想いを感じた。それは、硫黄島守備隊の兵士たちはやがて戦地になるであろう本州本土に住んでいる家族を敵の手から守りたかったことではないだろうか。守りたいものを守りたくて、過酷な戦場を戦い抜いたのではなかろうか、と。

 現在、日本の憲法9条改正に伴う自衛隊の国軍化などが活発に議論されているが、この時に60年前の戦争で死んでいった御霊たちの想いを考えて欲しいのである。かつて戦争はそれがどのような経緯で行われたにしろ、兵士たちは家族を守りたいという意志から過酷な戦場に臨んだこと。そしてそれは弱い者いじめであったり、戦争という手段自体の美化では決してないのである。私たちは御霊たちが守ろうとした家族、国民の命をこれからも守り抜いていかなければならないのである。

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