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2005年6月20日 (月)

鯨を食べないと魚も食べられないのである

 国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会が20日、5日間の日程で韓国の蔚山市で開幕した。IWCはその名の通り鯨を捕獲する量について取り決めを行う国際機関である。毎年鯨の捕獲量増加に向けての提案を、日本などの海産物をよく食べる食文化の国(ノルウェーなど)が中心となってするのだが、それ以外の欧米諸国が鯨の捕獲量増加を一切許さないという姿勢を崩さず、結局提案は却下されてしまう状況だ。鯨の捕獲について議論される場合、鯨そのものを食べるべきかどうかだけに焦点が当てられがちであるが、実際には日本人にとってそんな考え方だけでは済まされない大きな問題が鯨捕獲の背後には存在しているのである。

 鯨は海洋生物であるが、魚類ではなく哺乳類に属していることから、その高い知能や独特の習性を持つ生態を保護しようという動物愛護の精神の対象になることが多い。そんな人々は鯨を食用なんかの目的で捕獲するなと主張するのであるが、鯨というのは食べたときにそれほど美味しいものなんだろうか。私は何回か鯨の刺身を食べたことがあるが、海の哺乳類である鯨は赤身で脂肪分は少なく極端に味が淡泊である。冬場に食べるはりはり鍋や尾身の刺身はなかなか美味しいが、それ以外の肉は牛豚鶏肉に比べると明らかに味が劣る。昔は給食で鯨がメニューに出ていた時代があったらしいが、その世代の人が語る鯨の味は概して「美味しくなかった」という感想である。同じ海産物なら、マグロやハマチなどを食べている方がずっと美味しいのである。

 だが、鯨はそれらの魚類海産物と密接に関係しているのである。鯨は基本的にエサとしてたくさんの魚を食べる。鯨が食べる魚の量はとてつもない量で、そのために魚が減り各国の漁獲高低下に影響するということがあるのだ。このことは海産物を食文化の基調とする日本にとって大変なことである。適度に鯨も食べないと、美味しい刺身や寿司があまりたくさんいただけなくなるのである。不健康な家畜の肉ばかり食べている欧米の人々には分からないかもしれないが、鯨を獲らないことは日本の食文化が失われる重大な危機なのである。

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