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2005年5月 9日 (月)

服は着るべきか?着ないべきか?

 衣服は人間の文化の象徴だと言われる。聖書では禁断の知恵の実を食べたアダムとイヴが裸であることを知って衣服を身につけたことが、衣服を身につけることが人間の知恵の象徴であるように描かれている。現代においても衣服は世界の様々な国の文化の数に合わせて存在し、民族衣装というものが今なお根強く伝承されている。しかし衣服というものは、果たして人のファッションや民族の象徴としてのみ存在するものなのだろうか。

 衣服は民族の象徴と言ったが、宗教によっても衣服が指定されているのもある。代表的なのはイスラム教だろう。イスラム教では女性は全身をすっぽりと衣服で覆ってしまわなくてはならない。これが最近では女性の権利を抑圧しているとして反発する運動も少なくない。だが元々イスラム女性が衣服を全身に身につける習慣ができたのは、男の理性は性欲に打ち勝てないかもしれないから弱い男の理性を崩壊させないように女は肌を隠す、というイスラム教の独特の観点によったものらしい。衣服を全身に着るという習慣は意外に面白い理屈によって成り立っていたのだ。

 一方でその逆はどうか。「ウルルン滞在記」などの番組などを見てればよく分かることだが、アフリカや東南アジアの原住民と呼ばれる人々の中には男性女性とも真っ裸で暮らしている民族もある。衣服を着ないということは文化的に劣っているからだ、ということを文明の発展した国に住む私達は思ってしまいがちであるが、彼らにも彼らなりの理屈がある。一昔前にある部族の長がヨーロッパ文明を批判してこのように言ったことがある。「我々は衣服を着ないが裸の女性に欲情することはない。彼ら(ヨーロッパ人たち)は衣服を着るが故に裸の女性に欲情することになってしまったのだ。」と。

 しかし私にしてみればイスラム教も、ある部族の長も、理解が足りないように思う。なぜなら全身を覆わず衣服を着ることによって、チラリズムという悦楽が生まれるからである。見えそうで見えない、そんな状況がかきたてる劣情は時として女性の全裸を見るよりも魅力的であるということを理解しない彼らが私にはなんとも無粋だと思えるのだ。

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