« アイヒマンの真実 | トップページ | 原子力の安全利用は可能か・後編 »

2005年5月23日 (月)

原子力の安全利用は可能か・前編

 核は恐ろしいものである。日本は原爆の被害を受けて以来、世界唯一の核被爆国として核の恐怖を世界に訴えてきた。しかし最近では隣国北朝鮮が核兵器を開発するなど、核の恐怖はまだ日本につきまとって離れないという風である。日本はこれからも世界の核抑止運動の筆頭となって行動していく必要があるだろう。

 しかし世界で最も核の恐ろしさを知り、核を嫌っているはずの日本の中にその恐るべきものが潜んでいることを忘れてはならない。そう、それは原子力発電である。原子力発電は核エネルギーの平和的利用手段だとか、化石燃料が尽きた後の人類の最後のエネルギー源などとプラスのイメージをもって喧伝されているが果たして本当にそうなのだろうか。原子力発電所の中では発電するために常時核反応を起こさせているのである。かつての広島と長崎の爆心地と同じ状態が数十年後の同じ日本の中で人工的に作り出されているのだ。

 9・11テロ以来、世界はテロリズムの恐怖にさらされた。テロリズムの対象は当初アメリカだけだと思われていた矢先にスペイン列車爆破テロが起こった。このことで世界各国にはテロが起こるとの懸念と憶測が飛び交った。日本でも新幹線がテロの対象になるのではないかという憶測が生まれた。しかし日本には新幹線よりも恐ろしい火種になりうるものがあったことを国民の多くは気付いていなかった。それこそが原発なのである。例えば9・11テロと同様に飛行機が乗っ取られた場合、最も日本の国土にダメージを与えられる地点はどこだろうか。何かシンボルとなるものにテロを仕掛けて国民に精神的なダメージを与えるのも手であるが、人的被害を優先しようと思えば、それは原発以外にない。飛行機という巨大なものが突っ込んだ場合、原発が無事とは考えられないのだ。最悪の場合核爆発もありうるだろう。別に飛行機を乗っ取らなくとも、警備の手薄な日本の原発は簡単に占拠できる。占拠してしまえばそいつらの思うツボである。日本は核爆発か、大きく不利な条件を呑まされるかの選択を迫られるであろう。だが原発の恐ろしさはこれだけに留まらないのだ。

|

« アイヒマンの真実 | トップページ | 原子力の安全利用は可能か・後編 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/56846/848469

この記事へのトラックバック一覧です: 原子力の安全利用は可能か・前編:

« アイヒマンの真実 | トップページ | 原子力の安全利用は可能か・後編 »