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2005年5月 4日 (水)

恐れるべきは反日運動ではない・前編

 数週間前まで、中国の反日デモがあらゆるメディアでピックアップされ、そこで被害を受ける日本料理店や熱狂するデモ隊の異常さが報道されていた。しかしそれも数週間前の話で、現在は過大な反日デモを見かねた中国当局がデモを規制し、デモは沈静化した。
 デモが沈静化するとメディアも話題性がないのか、デモ関連の報道は全く止んでしまった。しかし日本の近隣外交・安全保障を考える上で見逃してはならないのは、デモの実態よりもデモを押さえ込んでしまった中国当局の権力の強さであろう。

 デモとは民衆が行う政府などの巨大権力へのプロパガンダである。ある意味で民主主義の象徴であるはずのデモを中国当局はいとも簡単に押さえ込んでしまったのだ。これは中国政府の国民に対する言論統制・弾圧と言えるだろう。それを日本の識者は「日本への友好に配慮する中国政府の好意」であるかのように受け取っている。確かにそうかもしれないが、政府がデモの抑圧に乗り出してまもなく止んでしまうような巨大な国家権力とはどこからくるのだろう。怖れを抱かずにはいられない。

 インターネットが発端となって大規模な集会が可能になったと言われている今回のデモだが、中国当局のインターネットに対する巧妙な言論統制の実態も忘れてはならない。そこでは中国共産党政府を批判するサイトや書き込みは徹底的に封じられ、(この反体制分子を見つけ出すシステムは相当技術が高いらしい)国民は全く体制批判をすることができないという。とすると、今回の反日デモは自国の体制批判を禁じられた国民が鬱憤のはけ口を反日教育で染みついている日本への怨嗟に向けたとも言えるのではないだろうか。この事件に対する識者の見解としては様々だが、一部では今回のデモは本来政府に向けられたものであり、中国の体制崩壊の予兆であるとする見方も存在する。日本との経済的な結びつきを強めていく中で中国政府は以前通りの対日強硬外交を推し進めることが難しくなってきているが、国内へは依然として完璧な言論統制を敷くことに成功しているという一面が明らかになった今回の反日デモだったのかも知れない。

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