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2005年5月 7日 (土)

日本「非」核武装論

 先日の中国での反日デモ、北朝鮮の核兵器保有宣言、韓国での反日気運の高まり、、、これらの出来事で日本の国民世論は次第に硬化し始め、右翼的主張に傾きだした。無論私もそうした時代の潮流の中で右翼的主張を展開する論者の一人である。しかし、日本が核武装をすべきだという意見まで見えだしたのには首をかしげる。

日本は世界で唯一の核兵器の被害を受けた国である。その核兵器による災禍は二度と繰り返してはならない。私は学校の修学旅行で広島と長崎の二つの被爆地を訪れたことがあったが、そこで出会ったのは原爆の被害を次の世代に語り継ぐ人達だった。昔語りのように悲惨だった被爆体験を聞かせてくれたお爺さん、切迫感のこもった語りで被爆体験を被爆した瞬間の鮮烈さそのままに伝えてくれたお婆さん。語り部の方々の言葉は無差別に民間人を殺す核兵器がいかに非人道的で許されないものであるかを伝えていた。
それが今になって何故核武装などと言い出せるのか。戦後平和主義の色あせと戦争を知らない世代の戦争を美化する傾向がそこにないとは言い切れない。

 無論日本が核武装べきでないという主張は単なる感情論ではなく、実益の点におけるデメリットの多さにもよる。日本は戦後に平和主義を標榜して発展してきた国である。その平和主義の象徴である国家が平和主義を捨てるということはどれだけの世界の批判を招くか分からない。もしそうなれば、経済や外交にも重大な悪影響を与えるだろう。
もう一つの理由は、核兵器を手にしたところで日本はそれを外交カードとして使いこなせるのかということである。今の腰抜け・腑抜け外交を続けていたのでは、核兵器を手に入れたとしてもそのカードさえ足かせになりかねないだろう。また核兵器保有を核抑止力という観点で見るならば、現時点でも核抑止力を持ち得ているという点にも注目すべきだろう。日本の原子力発電技術は先進国内でもトップクラスであるからその技術を流用すれば核兵器を作ることなどたやすい。IAEAが最も注意をしているのは日本と言われるほどである。もし実際に日本が核兵器を作る場合、たった半日で作れてしまうらしいのだ。

 日本が戦後貫いてきた非核の原則はとても尊い。その原則の尊さを守るために日本政府は外交と一体になって頑張る必要があるのだろうが、残念ながら日本の外交は腑抜けなのである。なんともやるせない話である。


 2006・12・17追記 日本が核兵器を半日で作れるという話は全くの嘘のようである。核兵器を作るには半年から一年の期間は少なくとも必要であるそうだ。その点を訂正しておきたい。
 しかしながら、核製造能力を有しているというそれだけの事実でも外交上ある程度の核抑止力を持ち得ているという事実は見逃すべきではない。

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